自分らしくが一番大変

なるほどなっと思ったけど、原典に辿り着けずあれー?という記事。
無料ダウンロードしてe-bookをゲットしようっていう怪しいところに行かないとだめなのか?

これはAmazonの創業者で大富豪になったジェフ・ベゾスのCEO退任時の書簡からとのこと。

死を辛うじて食い止めることは、懸命にやらなければなりません。放っておくと(死ぬとはそういうこと)、体は環境と平衡な状態に戻る傾向にあります。

たとえば、人間の体は通常、周囲の気温よりも高く、寒い気候ではその差を維持するために、一生懸命働かなければなりません。死ぬとその働きが止まり、温度差がなくなりはじめ、最後には周囲の温度と同じ体温になります。

https://www.lifehacker.jp/article/2312-jeff-bezos-shareholder-letter-1/

このことから、「生きるってことは、周りと違う状態を維持し続けることだろう?」と言っている。周りはどんどん普通になるように圧力をかけてくるが、それに逆らって「自分の独自性」を保つんだと。保てなくなったら死んでいくようなものじゃないかと。

そして、「自分の独自性」=「自分らしさ」だけれど、「自分らしく生きるのが楽」という大きな勘違いが蔓延しているけれど、体温の例と同様にそれは逆。「自分らしく生きる」のが大変なことなんだと気づけ!と言っている。


うーん、というのもBMWが廃車になってしまっていろいろ考えるところもあるわけですよ。

いま相手の賠償額で揉めそうなのが、BMWはMT仕様とAT仕様で倍ぐらい中古の値段が違うってとこなんです。新車はAT仕様のほうが若干高いくらいなんですけどね。

基本的に車ってATでもMTでも機能は一緒じゃないですか。だから自分が買うなら拘るけど、賠償として相当品を差し出すのであれば、どっちでもええやんと言いたくなるのは分かるっちゃ分かる。

というか、相手はヤリスクロスだったんだけど、車ってこんなんでいいんじゃない?っていう車ド直球だと思うんですよ。機能的には、つまり乗車定員とか積載性では135iとほぼ変わらないし、下手するともっと上。
違うのは走行性能。でも、最高速度が140km/hと260km/hと違うから何?ってとこだろう。合法的には120km/hまでしか道路は無いんだから。

いやいやBMWはハンドリングとか回避性能も優れてますよ、と言ったって、40km/hで走行中に、突然8m手前でヌーンと車線をふさがれたら、止まれないし避けようが無い。
(一般的には40km/hで止まるには22m必要とされている。衝突でエネルギーを消費したとはいえ、11mほどで止まっているから優秀なのかもしれないが・・・)

対価を払って拘った車に乗っていても、普通の人が普通の車で普通に突っ込んできたら、何もかもパー。もちろん相手の過失が多いと評されたから、表面上の過失割合は相手が極端に大きい。
でも、損害としては相手は車両保険で車が全部直るし代車は貰えるのに、こっちは買い替えに必要な金額の1/4くらいの現金掴まされて廃車、代車も出ねー。

なんだそりゃ。適当な車を適当に運転してぶつけた方は殆ど損しなくて、拘った車にのってちゃんと運転していた方は大損だ。

バカバカしくて拘っていられないじゃないか。車なんて。


だから、車なんかどうでもいいやという気分になってしまった。使えれば良いという視点であれば、もう一台あるし、わざわざ買いなおす必要もない。その方が経済的にも良いし、メンテナンスにつぎ込む時間が節約できて、より楽に生活できる・・・。

と思ってたが、人生ってのは・・・そうか、そう単純じゃないんだよな。

普通の車がうっかり突っ込んできて、私が普通じゃないことに対価を払っていた車を奪い去った。
だから普通の車でいいや。

そんな考えって、
食事をとって体を温めても、風が吹いたり雨が降ったりして体が冷えた。
だから、もう食事を採るのをやめて、冷えるのに(外気温と一緒に)任せればいいや→死

ってのと変わらん。

やはり、MTのBMWに乗っているということは一定の独自性があったんだ。そして、それを維持するのにコストが生じるのはしょうがないことなのだった。割に合わない結果になったけれど、「独自性」を維持するのは無料じゃない。大変なんだ。


と考えると、やっぱり「もう車なんていらねー」ってのはヤケクソで、ハンガーストライキみたいなものかも。いや、思い通りにならなくて癇癪を起した幼児と言ったほうが近いか・・・。

もちろん無駄遣いはイカンし、「俺のアイデンティティはMTの良い車」と固定観念にとらわれるのもナンセンスだ。

でも、もう普通でいいや、みんなと一緒、楽なの、と投げだしたらいかんなー。
必ずしも車じゃなくても良いから、浮いたお金で何か何か尖がった「独自性」を見つけなくては。もちろん、また「これが俺さ」って言える車を見つけるってのもいい。

もしかすると苦労して見つけた「新しい何か」も、災害や誰かの悪意、あるいは無能な者に滅茶苦茶にされてしまうかもしれない。それは覚悟しないといけない。
でも先回りして諦めちゃだめだ・・・

不意に難題を突き付けられた形になったが、これは変化の機会と捉えて、視野を大きく取って一番私のためになる戦略を取るのだ。

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