暇を作ってナマコを取りにいこうぜ

なんか効率化の神髄みたいなのが見えるような記事をメモしておく。

この記事では、まぁクソみたいな仕事あるよね。その仕事をブルシットジョブって言うよね。
ブルシットジョブをするしかないっていうけど、勇気をもって別の仕事に移ろうよ。

みたいなことを言っているんだと受け取った。


元記事を読んでほしいが・・・まぁ読んでいない前提で書く。

昨今、AIを入れたり、自動化したり・・・少しさかのぼるとペーパーレス化やIT化を推進して、より生産性を高めようというムーブがずっとある。少なくとも私の勤務先ではそうだ。

しかし、根強い抵抗勢力や理想と現実のギャップ、そういったものが立ちはだかって、私のイメージする生産的な仕事の状況とは隔たりが大きい。
ここで、抵抗勢力というのはコスト的な負担や、費用対効果に疑問を持つといった論理的な反対勢力よりも、根底から「現状維持したい/変わりたくない」という勢力が非常に厄介である。
たいていはこの「変わりたくない」勢力が理屈の皮をかぶって、論理的な反対勢力のフリをしている。

この変わりたくない勢力っていうのは、「昨日も今日も一緒で、今日が終わればまた同じ明日が来ると思っている」っていう、「まぁ同じことをしていれば、ずっと今が続くんじゃない?」っていう考え方がまずある。
もちろん、ドラスティックに状況は変わらないが、ただ間違いなく昨日と今日は違うから、明日も今と同じ生活ができる保証はない。いやさすがに明日はガタッと変わらないだろうと思うが、年単位で見たら技術革新や市場の動き、自分自身の変化、いろんな要素が絡んで未確定だ。だから、安全に未来を迎えるには、少しばかりはプラスアルファが必要だと考えるべきだと思うのだが、まぁそういう考えが無いか薄いのだ。

でも実はそれだけじゃないんだと思う。「変えたら仕事がなくなる(減る)じゃないか!」ってのがある。
自分は「いいことじゃないか!」と思うんだけれど、まぁ確かにちょっと待てよという気もする。

仕事が減っても給料が一緒だと思えば万歳だが、仕事が減っても同じ給料が出るだろうか?出る可能性もあるが、素直に考えれば給料が減ると考えるのが自然である。
特に私なんかは労働者階級だから、残業すれば残業代が出る。仕事が減ったら残業が減るから、残業代も減るわけだ・・・

ここで抵抗勢力の人たちと考えがずれるんだなって思う。

俺はナマコを取りに行く時間が欲しいんだ!

ナマコ!?となるだろうが、これは先の記事で引用しているところに通じている。

先の記事では
「米を10人で作っているのを効率化して2倍作れるようになったら、そのまま10人で米を作っていては余ってしまう。価格競争になって利益が出なくなるから、よけい効率化する必要が出て、一人で作れる量が3倍になって、さらに余ってという悪循環が起こる」
「だから、10人分のコメを5人で作れるようになったら、余った5人は海に遊びにでも行って、ナマコでも取ってくればいい。そのまま米を作っちゃダメなんだ。米だけ食べているより、それ以外の珍味を加えたらもっとおいしく食べられる。だからナマコは貴重だろうといって、ナマコ取りに行った5人が高値で売って、その金で米を買う。それが経済成長ってことだ」

という話。労働力は一緒だが、前者では全員米だけ食ってるが、後者ではお互い売買して米+ナマコが食えるようになる。

いいや、いいんだ俺はずっと米を食っていたいんだ!ナマコなんて嫌いだ!って人もいるだろうけど、そういう問題じゃないのよ。だって、スマホとかインターネットなんて要らない!ってなるか?つい十数年前まではここまで普及していなかった代物じゃないか。結局、周りがナマコを食べ始めたら、自分も食べたくなる。食べないと貧しいと感じるようになる。現状維持なんてないんだ。

だから、ナマコを取りに行くか、ナマコを取りに行く人を送り出さなければならない。

そのためには今作っているコメを、少しでも少ない人数で作れるようにする必要がある。だから効率化しないといけない。


世の中は結局いろな圧力やしみこむツールで、本人たちがやる気が無くてもちょっとずつ効率は良くなっているんじゃないかと思う。

そんな時に、どうしてもナマコを取りに行きたくない、ナマコを取りに行くという発想が無い人が、自分が余らないようにしようとして拵えるのが、ブルシットジョブになるんじゃないかな。

10人分のコメを5人で作れるようになったけれど、同じ時間をかけてお祈りしなくちゃいけないとか、できたコメを一粒一粒全部チェックしないといけない、あるいは、できたら左から右に動かさなくてはいけない。

そういうわけのわからんルールや仕事を生み出す。意図的にであったり、無意識であったり。

冒頭の校閲もそうだ。今でこそAIでできるようになったので、さすがに消滅したであろうが、AIができる前はいろんな形で「優秀な校閲をした」という形を生み出したりとかしていたのだろう。

私はそれを公然と非難したいか・・・でも、彼られにも生活があるし・・・。

だから私は米を育てながら、あほなブルシットジョブに付き合って、さらにナマコも取りに行かねばならんのである。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

This website stores cookies on your computer. These cookies are used to provide a more personalized experience and to track your whereabouts around our website in compliance with the European General Data Protection Regulation. If you decide to to opt-out of any future tracking, a cookie will be setup in your browser to remember this choice for one year.

Accept or Deny